2004年12月28日火曜日

ベストドレッサー賞をゲット

やっぱり我が社の忘年会は一筋縄ではなかった。やっぱり一ひねり変わっていた。テーマは仮装忘年会。やるからには楽しみたいってことでハロウィンパーティのごとくかぶり物で挑む私。そして見事に女性部門ベストドレッサー賞をゲット。イエイ!

そうそう、ベストドレッサー賞ではなく弊社では「ごっつえぇべべ着てきたで賞」というネーミングだった。関西人口率の高さを物語る。さらに言えば、これは決して私の洋服のセンスが素晴らしかったというわけではない。私のかぶり物に対するセンスが良かったんだな。

せっかくのクラブ会場を貸し切っての忘年会だったのに、全然踊らなかったのは残念だけど、生バンドもありだし、昔一緒に働いていたスタッフの人に会えたり、いつも一緒に働いている人の新たな一面など発見できてメチャ楽しい時間を過ごせた。

私の勤める会社の人々はなーんて濃いキャラの人ばかりなんだろうってつくづく思い、つくづく満足な忘年会だった。

そして今、「ごっつえぇべべ着てきたで賞」の賞金が早速iPod miniに変身して私の傍らにいる。かなりご満悦☆いい年越しできそう。イエイ!

2004年12月27日月曜日

Mr インクレディブルズ

これは超おすすめ!最高に面白かった。のめりこんじゃいました。

「スーパーマンすら訴えられるアメリカ」っていう訴訟社会には苦笑。
そして脚本の面白さと巧妙な展開に拍手。冒険あり愛ありで退屈しません。

ピクサーの次回作も楽しみにしたいところだけど、次の公開作品「Cars」は全米公開が2006年6月へと1年半も延期となっていて、かなり待たされそう。

2004年12月24日金曜日

イヴの東京タワー

3c59fd07.jpgイヴの日は夜中東京タワーまで出かけた。足元にあるクリスマスツリーは東京タワーに比べれば何てことないツリーだが、周囲の人の数がすごい・・・

東京タワーを真下から見上げると横に月が寄り添っていてなんだかロマンチックだった。

その後、近くの教会の深夜ミサに参加して、クリスチャンに囲まれアーメンと祈る。ミサに参加しない限り、クリスマスに祈ることなどなかっただろうな。貴重な体験。

教会から出ると12時をまわり、東京タワーのイルミネーションも消えてひっそりとしていた。その後家路に着くのだった。

2004年12月21日火曜日

ITERが読めますか?

ITERこと国際熱核融合実験炉の建設地をめぐり、国際的なバトルがここ数年にわたって繰り広げられている。

ITERとは、太陽が燃える仕組みと同じで、重水素、三重水素といった軽い元素を融合させてエネルギーを生む核融合を実験するための施設。実現すれば燃料1グラムで石油8トン相当のエネルギーを生むことができるとされ、人類の恒久的なエネルギー源として国際的な注目を浴びている。

建設地の候補は、計画当初名乗りを上げていたスペイン、カナダは脱落し、今ではフランスのカダラッシュと日本の青森県六ヶ所村に絞り込まれどちらに建設するかの一騎打ち状態。ちょうど昨年の今頃、閣僚級会議でその建設地の決定へというニュースが出ていたのだが、フランスと日本どちらも一歩も引かず、結局のところ一年も結論が持ち越しされている。

最近になって、もつれにもつれた建設地合戦は、「EU案をのまないならEU側でフランスに建設してしまう!」とか、「それなら日本も、日本側で建設できるようにするさ!アメリカがバックについているんだぜ」といった展開になってきた。私風に訳せば。

どうして建設地が決まらないのか。フランス側にはEUはもちろん、中国、ロシアがバックにつき、日本側にはアメリカ、韓国がつくという国際情勢丸出しの構図がその理由の一つだろう。

これだけいろんな国が絡んでいるということは、その建設地の利益とリスクは相当なもの。国際宇宙ステーションに次ぐ規模と言われ、30年間の総費用は1兆3千億円、建設費は10年間で5千7百億円、運転費は20年間で6千億円。

成功すれば夢のエネルギーだがその危険性も計り知れない。事故が起きればチェルノブイリにも匹敵する規模の被害が及ぶとしてあのノーベル賞受賞者の小柴昌俊さんらが、誘致をやめるよう政府に嘆願書を出している。

一番驚きなのは、こんなビッグプロジェクト、国民の理解を得ているとは思えないまま強引に進められているということ。ITERが読ますか?

2004年12月20日月曜日

道フェチ

突然ですが私は道フェチです。
行ったことのない道とか、この道どこにつながっているんだろう?って考えるだけでわくわくしてしまいます。

家の近所はこの道好奇心のために、もうどこにつながっているかわからない道もなくなってしまい、近頃この胸が踊り騒ぐ感覚を感じていなかったように思います。

ところが、先日、この好奇心が久々にカムバックしてきた。
青山見本帖に用事ができて、さてどうやって行こうということになった・・・
地図を見ると会社がとても近い。ということでお昼休みを使い、見知らぬ道をえっさえっさと歩いたら、久しぶりに胸がそわそわ、わくわくしてきたのです。

会社と青山見本帖の間はまっすぐ結ぶととっても近い。でも住宅街なのでランドマークがなく地図を見ても行き方が曖昧。暗記した住所を頼りに、道を進んでいく。途中、假屋崎省吾の家を見つけるなど楽しい発見に1人で意気揚々とする私。

たどり着くまで約20分の道のり。たった20分ですが、これがいい気分転換なんだな。

2004年12月7日火曜日

「リクルート」

アルパチーノとコリン・ファレルが出ている作品。
ポストブラピといわれるコリンながら、どうも愛着感はブラピほどは沸かない気がする。それでも、スイートフェイスに鍛え上げられた肉体の組み合わせはヨン様じゃないけど、素敵なギャップ。

1時間ぐらい、そのもったいぶった音楽と映像を辛抱すれば後半は見ごたえバッチリ。こういうよく練られたサスペンスを見れば丸ごと満足気分。

2004年11月23日火曜日

さいたまシティマラソン

本日、さいたまシティマラソンに参加してまいりました。申し込んだのは確か10月頃だった。結婚式を間近に控えた私に某部長が「シティマラソン出ようよ。結婚祝いに参加料出してあげるからさ」と。

かくして異例の結婚祝いをいただいた私は早朝5時半起きで埼玉浦和へ旅立った。

ここ2ヶ月ぐらい運動は全くしていない。しかも、仕事が猛烈に忙い部内。上司に「怪我せんといてね」と言われた一言の重みをひしひしと感じつつの3キロでした。

開始前は歩いたってとにかく出場できればいいや。そんなふうに思っていたのだが、いざ走り出すと3キロごときで歩く人もおらず、目標が次第に完走へうつっていった。苦しい、なれど歩くまい。いつしかゼーハー言いつつも走り抜いていた!

完走した仲間とのビールはおいしかったぁ!マラソン気分満喫。出場してよかったよかった。誘ってくれた部長に感謝です。

2004年11月15日月曜日

実家のお掃除

今月に入り、休みとあらば実家の大掃除に明け暮れる私。

来年の早々に兄が結婚する。それで兄の赴任先が決まる3年先までは実家に住むということに。そして、日当たりのよい私の部屋を兄に明け渡し、別の部屋へ移動せよというお達し。

大掃除をしていると、思い出いっぱいつまった手紙やら洋服やらいろんなものが出てくる出てくる。手紙と写真はついつい立ち止まり目を通し、前に進まなくなってしまう。さらにドッキリする瞬間も。捨てたはずのものがひっそり息を吹き返していたりする。掃除するのは1人に限るね。

それはさておき、実は、この大掃除を始める前に、最近流行の捨てる技術に関する本をサクッと立ち読みしておいた。そのおかげか、わりと潔く色んなものを処分できた。迷ったときは捨てる。こう決めておくだけではかどった。洋服はフリマや知り合いにあげて、書籍類はブックオフへ。

はかどっているはずなのに部屋はまだまだ重たそう。年内はまだまだ捨て続けなければなりません。

2004年11月11日木曜日

結婚して倍になるもの、半分になるもの

今日で結婚してめでたく一ヶ月を迎える。よく新婚生活はどう?って聞かれますが、一言で言うと「楽しい」よ。

披露宴で恩師から「結婚すると楽しいこと嬉しいことが2倍になる」と言われ、「同時に嫌なことも2倍になる」と言われた。だけど、楽しいことは2倍で、今のところ嫌なことは2分の1に分け合えているように思う。

2分の1と言えば、もう一つある。それは「時間」。時間が過ぎるのがとにかく早い。いろんな意味で時間があっという間に過ぎていく。今まで持っていた時間が半分になったみたい。

もしかしたら明日は結婚しなきゃよかったって思うことがあるかもしれないけれど、「楽しい」瞬間もある。時はあっという間に過ぎていくのである。

2004年11月8日月曜日

行ってきました、日光へ

ベテランな人は、きっとこんな時期に日光には行かないだろう。こんな紅葉真っ盛りの日光へ。

しかし、超日光初心者の私達は、いろは坂やら紅葉やら中禅寺湖、湯葉定食。こんな言葉に惹かれてついに日帰り旅行を決行した!日光へ!

二荒山神社やら東照宮の近辺の趣深い通りを散策した後、バスで中禅寺湖へ向かう。いろは坂の中腹で渋滞にあい、バスに乗ること約2時間。中禅寺湖に着いたのは何と4時過ぎ。華厳の滝を見た後、中禅寺湖に向かうとあれよあれよと周囲は真っ暗に。紅葉の色づいている山々はただの黒い塊に。
暗闇の中の中禅寺湖は、湖畔のホテルや旅館の光を鈍く反射させゆれていた。

中禅寺湖付近に滞在したのはたったの1時間半。バスに乗っている時間の方がずーーっと長い。「これじゃ何しに来たかわからないよなぁ」「早く東京に帰りたい」。帰りのバスに同乗した人たちが次々に嘆いていた。そう、言うとむなしくなるから口に出さないだけで私も同じ思いだった。

でもやっぱり、色の付き方がはっきりしたモミジはくっきりきれいで、遠出してよかったなと思う。来年は平日狙って行きたいな。

2004年10月27日水曜日

空中ブランコ

『空中ブランコ』『インザプール』

奥田 英朗さんの著書で最近の私のお薦め本。2冊セットでプレゼントした人はもうすでに2人。

伊良部という精神科医とその精神科を尋ねてくる患者をめぐる短編集。伊良部先生のキャラが爆笑。デブで総合病院の御曹司、伊良部が暴れる暴れる。想像するだけかなり笑える。関わりたくない医者だけど、一冊読み、二冊読み進むと伊良部中毒になっていた。

さらに笑えるだけではなく、社会的背景の的を得たエピソードが絶品だと思う。こんな病を抱えた人、周りにいるいるって思うのです。これはないよなー的な病もそれはそれで面白い。

奥田 英朗さんはコピーライターの経験もあるそうで、なるほどと思った。人の気持ちに対する観察力と想像力に長けている。社会学部出身の私としては、かなりはまりました。社会学部なアナタにお薦め。

2004年10月26日火曜日

一子相伝 大樋焼

大樋焼は、ロクロを使わない手びねりとヘラで、ひとつひとつ作られる。保温に富み、軽くて暖かみがあり口当たりが柔らかなのが特徴。江戸時代に、楽焼が金沢の土と出会い生まれるが、京都の楽家から、楽焼きの黒や赤を使うことを禁止され、独自に飴釉という釉薬の効果を利用している。

この大樋焼を、私の茶道の師匠は年に一回のお茶会で使用する。普通に買うと一つ40万円ぐらい。先生の持っているのは何代か前の大樋長左衛門のものでうん百万する。この恐るべき値段の茶碗を持ってしゃなりしゃなりと歩き、お手前を振るうのがお茶会というものだ。しかししかし、うん百万と言われてもピンと来ないものがある。だってただの茶碗なのだ。茶碗一つにうん百万。物の価値が狂ってる気すらしてくる。

先日、10代目大樋長左衛門がちらっとテレビに出ていたのだが、大樋焼は「一子相伝」と言って、たった一人しか継ぐことができないそうだ。2人兄弟でも1人しか伝統を受け継ぐことができない。そして全ては手作り作業のため、希少価値が高いのだ。ゆえに、これだけに高価な値段がつくのだと納得。ゆえに、10代目大樋長左衛門のご自宅は、インテリア雑誌のグラビアにでもなりそうな、洗練さとモダンな装いだった。

しかしこれだけの希少価値をめぐってか昨年度は大樋焼きの名称をめぐっての裁判事件も起きている。大樋の名をめぐり争う2人の金沢の陶芸家。その狙いは伝統の継承か、はたまたうん百万の茶碗のためか。

次期11代目大樋長左衛門は、大樋焼を使った空間プロデュースをしていて、今の時代ならではの活動も目立つ。茶道具だけでは、もはや時代遅れか。親が子の焼き物を厳しく批判し、子が親の焼き物を理解できないといい衝突する。そうやって切磋琢磨されていく大樋焼。10代目は言う「時代に応じたものを作ってこそ伝統は引き継がれていく」。

素朴な茶碗が一つ生まれるまでに、一子相伝ゆえの長左衛門を引き継ぐ者のドラマもある。ものすごく独特で固有な戦いで、芸術は戦いから生まれるのだと思った。

2004年10月24日日曜日

新座市 平林寺へ!

臨済宗の専門道場「平林寺」

新座市野火止に位置し、630年の歴史と東京ドーム13個分の敷地を誇る雄大なお寺。東京に隣接しながらこれだけの竹林と木々の自然に恵まれ日本の自然百選にも選ばれている。

京都でお寺周りをしていると、禅宗のお寺のひっそりとした趣に、これぞ求めていた空気と思うことがある。清水寺もいいけれど、しっとりと観光客もそう多くはない禅宗のお寺を狙っていくと気分が和に落ち着く。「平林寺」は一歩入るとその求めていた趣を備えていた。

昨日は、京都妙心寺派の本山から、平林寺に来て修行中している知人を訪ねての訪問だった。もちろん修行中なので、普通は訪問はできない。その日は特別で、彼の実家のお寺の檀家さん40人を招いての公開ツアー。1年に1度のチャンス。それに参加させてもらった。

お経を読み上げてもらった後、平林寺の老子さんからお話を聞いた。茶礼もあって一服し、境内をまわる。広大な自然も素晴らしかったが、座禅道場や台所、薪でたくお風呂、掃除の大変な廊下は、知人から聞く修行話の中に出てくるもので実感がわいて面白い。ここでご飯を1日中作っているんだー。改めて彼の修行生活の大変さがわかるのだった。

来月天皇の訪問を控えているとかで、急ピッチで境内の石畳が取り替えられていた。かなり大々的だ。紅葉を狙っての訪問だろうか。境内に植えられたモミジの木はなんと1万本近くあるとか。東京の紅葉と言えば「平林寺」。そんな代名詞になるまで後5,6年はかかるなーと老子の一言。楽しみですね。

2004年10月17日日曜日

男の趣味も同じだった

先日、もっさもっさに伸びきった髪の毛をカットしに美容院へ行ってきた。実家の近所に新しくできた美容院で、割引券を片手に門をくぐる。

髪の毛をいじってもらいながら、雑誌に没頭していた私がふと見上げると知り合いのおば様がいた。中学時代の友人A子の母だ。気づいているかどうか、挨拶しようかどうか考えてぱっと顔をあげると、なんとまぁA子をこっぴどく振ったY男がA子の母の担当美容師ではないか。

A子の車を使ってドライブしてさんざん振り回し、思わせぶりな態度でデートを繰り返した後、A子を振ったY男。相変わらずへらへらしていて私は気に入らなかった。とはいえ、そんなことも露知らず少女のように楽しそうにおしゃべりをするA子の母。

私の存在に気づいて軽く挨拶すると、なんとまぁY男のことを「前の美容室から着いてきちゃったの。シャンプー時代からやってもらっているのよ」なんて紹介してきた。ルンルンだ。

親子揃って、引かれる男のタイプも同じとういことか。
A子の母にかぎっては何もないだろうけど、A子が知ったら嘆くだろうなー。
でも、A子はこの男に振られたおかげで留学を決意し、今では外資系でバリバリに働くOLになった。何の因果かなーこれは。

結婚式まで1週間

結婚式までいよいよあと1週間をきってしまいました。

わくわくしつつ、ドキドキ。
興奮して眠れなくなっちゃうかもと思う夜もある。でも寝ちゃうんだけど。

色々な人からお祝いしてもらったり、協力してもらったり。
友達や家族に頼みごとだらけのまま式に突入します。

先月まではマリッジブルーになるよりも、結婚式ビジネスの横暴さに腹を立てていたけれど、そろそろ心を落ち着けて当日を迎えられるといいな。

2004年10月15日金曜日

稲庭うどん韓国風

8b723cf6.jpg近頃夜日記をアップしようとするとライブドアが重たくて掲載できなくて困っちゃう。
せっかく書いた日記が消えちゃったりー

最近デパートでお買い物しているとき疲れるとデパ地下のカウンターでおやつするのがちょっとしたマイブーム。

どこのデパ地下もエスニックフードを手軽に食べられるカウンター席がある。レストランで食べるにはたいそうだし、甘味じゃものたりない。そんな時はこのカウンターへゴーなのです。

で、この稲庭うどん韓国風はカルククスと言って妻家房のもの。二子玉川の高島やでお買い物中、見つけました。以前のお気に入りだったサンドウイッチやさんがなくなっていたようなので、残念。代わりに韓国料理へゴー。つるっと軽くいけちゃう。同伴の人が食べたパチヂミもシーフードたっぷりで美味。

玉たかはレストラン街は高いからねー、こういうの嬉しい.

姓名判断

結婚して姓が変わりました。
これは一般的ですね。だけど私の親戚周りでは姓名判断で名前を変えている人が結構いる。
母は結婚して「かずこ」から「かえこ」にした。
父は「としゆき」のままだけれども、漢字が2種類あって使い分けている。

極め付けは伯父。
昔から「よっちゃん」って呼んでたのに、おばあちゃんも「よしひろ」って呼んでいるのに正式な名前は「たくお」だったということが最近明らかになった。これも姓名判断の結果。

母の実家は自営業で、それで縁かつぎにはことうるさい。家の庭にはお稲荷さんがまつってあって、昔々は、月に一度は霊能者の方がお炊き上げにやってきていたそうな。それで、その霊能者さんにみてもらった場合はけっこう鵜呑みにして名前とか変えている。

名前を変えるのは母の実家の特徴なのか?
世代のせいなのか?
それとも地域性なのか?

そして私の名字も変わった今、このままでいいのかとふと疑問に思うのだった。

結婚式の写真をupdateしました!
Mariage

2004年10月13日水曜日

結婚式を無事終えて

10月11日、無事に結婚式を挙げることができました。式、披露宴にご出席いただいた皆様方、本当にありがとうございました。

結婚式前は準備で死ぬほど忙しく、気が狂う一歩手前でしたが、始まってみると感動の連続で最高のひとときを過ごすことができました。とっても楽しかった です。明治神宮での参進にはとても憧れていたので、雨の合間に外で行うことができてほんとによかった。てるてる坊主までつっていたかいがありました。参 列には加わらなかったものの、参進の時間をみはからって撮影に来てくれた友人たちもいてうれしかった!感謝です。

披露宴も大事な方々にお集まりいただいて、ご出席の方の顔をみるたびうれしかったです。会社の方や、先生、友人には色々なお祝いの言葉をいただいて、自 分の知らないところでみんな自分のことをよくみているんだなーと思うと絆が深まったような気がしました。

ご媒酌人の方もとても立派な方についていただいてすっかり安心していました。式や披露宴ではご媒酌人の方に付き添っていただくのですが、母だったら気持ちが高ぶって冷静ではいられなかったと思うと、ご媒酌人にお願いする意味を改めて感じたのでした。

そしてそして会場の方も真の意味でのサービスをしてくださいました。感動を創造してくれる人々です。

そしてそして、新婦並みに準備に走り回ってくれた新郎の旦那さまにも感謝です。花嫁が忙しいのは通説ですが、私たちは花婿も奔走しました。「知らんぷり しないでよ」と言われたのが花嫁だったと言う珍しいケースかもしれません(笑)

明日からは仕事も主婦業もがんばります!
これからも宜しくお願いします。

しばらくのあいだ、こちらに写真をアップしていました。

www.mariage.co.uk

↑投稿していただいた皆様、ありがとうございます!
先日12日はライブドアのブログが更新できず、こちらの御礼も遅れてしまいました。すみません。

2004年10月8日金曜日

ブライダルエステ

昨日はブライダルエステのonedayコースと言うのに出かけた。

母の行き着けのエステサロンと違って、若いお姉さんばかりが揃っていて、指が細いせいかマッサージがくすぐったかった。おばさまがやってくれるエステは指が分厚いからマッサージ気持ちいいんだよね。

「ブライダル用のまつげパーマはナチュラルにしますからね」

って言われたのに、終わってみたらまつげが90度で上向きに。全然ナチュラルじゃないじゃん。自分の顔が怖いです。しかも上向きになったまつげがマブタにあたって、かゆいよー。まつげを下向きに寝かせようと押してみたけど、さすがパーマがかかっているだけに効果なし。普段しないことはするもんじゃねえなぁと思ったのでした。

2004年9月30日木曜日

高いところから飛び降りる夢

けっこう頻繁に、高層ビルの上の階にいる夢を見る。いつも共通しているのが、どのビルも最上階に近いビルの外にある階段を、落ちそうになるのをひやひやしながら上っている。

昨日見た夢は高層ビルではないのだけど、今にも崩れ落ちそうなビルの階段だった。階段は途中で途切れていてジャンプしながら上らないといけない。風が吹くと階段が揺れた。ひやっと心臓が止まりそうになる。

夢でよかった。目が覚めるとそう思う。映画の見すぎなのか、何か心の状態を表しているのか。夢分析したらなんて答えが出るか怖くて答えを逃げているのだった。

2004年9月27日月曜日

去るものを追う

商店街の鰻やさんが今日で閉店となると聞き、急いで食べに行った。それまで気になってはいたけれど、一度も行ったことはなかった。ヤツメウナギのお店で、八目を連想すると身震いがした。八目のほうがおいしくて精力が付くらしいと聞きつつも、それでも気が進まなかったのだ。

いざ閉店となると一生ヤツメウナギの味を知らないで済まされないと自分を駆り立て、出かけたのだった。

店内はやはり閉店を聞きつけた人と常連客とで混み合っていた。野球も球団がなくなると聞いて、ファンは球場に駆けつけた。当たり前にあると思っていたものがなくなると焦り始める。去るものは追われるのだ。

2004年9月26日日曜日

Greeとmixi

Greeとmixiの両方を最初使っていたのだけど、最近はもっぱらmixiしか見ていない。mixiの方がページ全体が見やすいし、日記の更新状況も見やすい。mixiに慣れてしまうとGreeのページが見づらく感じた。どこをクリックすれば友達の日記にたどり着けるのか。経路が面倒に感じた。

すっかりGreeを使わなくなったなーと思っていた矢先に、中吊りで「ユーザー、mixi9万人、Gree8万人」と書いてある雑誌の広告を見つけた。そっか、やっぱりユーザーって正直。mixi使う人の方が増えているのだ。

新しく友達を誘うときも、Greeに誘った子は、日記つけるにもどうしたらいいかわからないと言って放ったらかし。mixiに誘った子は、日記をつけるのも簡単だから、頻繁に書き込んでいる。Greeに誘ってしまった子は面倒くさいイメージを持って、mixiには来てくれなさそう。残念。初めからmixiに誘導しておけばよかったと思うのだった。

2004年9月24日金曜日

ストレス性サービスの低下

先週「女性に多い病気スペシャル」という番組をちらっと見た。突然息がきれてきてめまいがするというパニック症は主にストレスが原因。パニック症の女性は増えていて、誰でもなりうるらしい。そういう怖い話を聞いていたら、イヤになってチャンネルを変えていた。

近頃、結婚式の準備でデパート通いをしているのだが、女の人が怖い。怖いまでいかなくても冷たい。そんな印象を受ける人に何人も会う。子供の頃からデパートは優しいお姉さんがいると思っていた。優しくて親切な接客は当たり前と思っていたから、あまりにそっけない人の多さにびっくりした。

仕事は仕事。仕事で必要な分までの親切はするけれど、それ以上はしません。

なんだかそんな開き直りを感じた。勿論全員が全員そうじゃないけれど。

私の気のせいなのか。それとも女性が笑顔でいることに疲れたのか。ストレスを抱えない程度に接客するとあんな感じに冷たくなっちゃうのだろうか。笑ってるとストレスも軽くなると思うんだけどな。

2004年9月18日土曜日

ザ花嫁

花嫁は忙しいよー

よく人には言われるものの、その忙しいの意味もわからずついこの間まで過ごしていたワタクシ。ところが結婚式まであと3週間という秒読みスタートを迎えたこの時期に、かなりハードな土日を送っているのだ。これぞ「ザ花嫁」の極意的な休日の過ごし方。

今日は、午前中は会場で打合せを行い、午後は指輪探し、夕方には引き出物を担当してくださる方と数時間の打合せ&商品探し。これだけたくさんの決定をこなしていくとそれだけで達成感すら感じる。

先月は先月で、会食に土日が費やされた。当日参加できない人との会食も欠かせないし、ましてや当日のお手伝いをしてくれる方々との顔合わせは欠かせない。

私だけならまだしも、未来の旦那様のお知り合いにも会えば2倍の友達を得たことになる。友達多いのは大賛成ながら連日の外食に胃が…忙しいにはこういう会食も含まれるのだろうな…。外食ばっかだと太っちゃうのに‥。ふぅ、花嫁は体力勝負と胃の勝負。

そろそろブライダルエステにも行かなくちゃ…。これも遅めのスタートなんだな、これが。今月末はお休み多いので、一日何もしないでゆっくりできる日があるかもなんて期待してたけど、お休みが始まってみたらまだまだやることがあった。ふぅ。

休日をフルに使って準備に走り回るだろうワタクシは、今ダイエットなどしようものなら、栄養不足でぶっ倒れるに違いない。と、挙式の日までに痩せられなかった理由を今から考えているのである。

メルマガ王に会う

先日ちょいとしたきっかけでトンデンファームの中谷さんにお会いした。

え、この人があのメルマガ王・・・?

ちょっとびっくりした。トンデンファームは北海道の牧場生まれのハム・ソーセージを販売しているネットショップ。メルマガで売上げを急成長させているということでお名前を2,3度はネット上のリリースで目にしていた。

そんな方に突然お会いできて感激!ということで、メルマガで売れるコツは?読者は何人いるんですか?と聞いてみると、「1配信で140万売り上げるよ」とだけ教えてくれた。それ以上は口が堅かった。何でも来月からメルマガ学校をネット上で開催するらしい。知りたかったらそちらに入学しなさいということだ。

きれいなウェブサイトは増えたけど、内容も充実したものはまだまだ少ない。そこで、情報の質を変えていくことでサイトは生まれ変わるらしい。

このメルマガ王を見ていると、こちらの思っているよりも実はシンプルな法則を持っているのではないかと思えてきた。興味津々!メルマガ学校は入学しませんが、まずはハムとソーセージ買ってみよっかな。

2004年9月17日金曜日

24 season2

『24』
のセカンドシーズンをやっとこ見終えた。アメリカってあまり好かない国の一つだけど、やっぱりエンタメの王国だとつくづく関心。

『24』で言えば、脚本と細かい演出がお見事としか言いようがない。アクションも見所だけど、主人公やとりまきの卓越した心理描写なしには、あのドキドキ感は得られないだろうな。

テレビドラマというより映画としてとらえたい。だって、テレビドラマのジャンルで考えたら、日本のもののしょぼさが悲しくなる。

華氏9・11はまだ見ていないけれど、大統領をテーマとした作品としては『24』とダブルで見ると面白いかも。『24』はフィクションとは言え、大統領の仕事がどういうものか追求されていると思う。

2004年9月16日木曜日

インタビューを受けました

とらばーゆに記事が掲載されることとなり、インタビューを受けた。

インタビューしたことはあるけれど、されるのは初めて!自分の転職についてのお話で、だいたい聞かれることはこんなもんだろうと思っていたことが、予想外のことを聞かれたり。たわいのない話と思っていたことをメモに書き留められたり。ライターさんの質問でたくさん過去をフィードバックして、『あのとき私はこんなことを考えていたな』というのがフレッシュによみがえってきた。たまには自分の過去を正式に語ってみるのもいいもんだなと思う。

インタビューされた経験を生かして、誰かにインタビューしてみたいな。また違った面白さを発見できそう。

2004年9月15日水曜日

活水料理やまと

先日、お寺で修行中の知り合いが下りてきていたので、一緒に食事をした。修学旅行のコースにもなっている京都のお寺の息子さんで、住職になるべく3年の修行中。半年に1回ぐらいは山から下りてきて食事をともにしたりする。

朝の3時に起床する。起床のことは開静と言うらしい。厳しくとも、たまに俗世間に下りてくると修行生活のほうが決まったことをする毎日で楽だなと思ってきたそうな。

舌の肥えた修行僧で、おいしいお店に詳しかったりもする。絶賛のお豆腐料理に舌鼓を打つ。すばらしきひと時。京都人がおいしいというのだからおいしいはずです、活水料理やまと

聞けばバブル崩壊後に閉店に追い込まれたいくつもの料亭からお皿を買い取ったそう。数はそろっていないけれど味のある器が揃っていてグッド。おすすめのお店です。

2004年9月14日火曜日

チャペックのロボット

チャペックは1890年〜1938年を生きたチェコを代表する作家。『ロボット』という小説では、ロボットが心をもち人間に反抗し戦争を起こす世界を描きこの小説がもとに「ロボット」という言葉ができたのは有名。

先日遅ればせながら『MATRIX REVOLUTIONS』を観た。拍子抜けするようなエンディングを見ながら、ロボット戦争で古株の『ターミネーター』を思い出していた。

『ターミネーター』を初めて観たのは小学生のとき。衝撃だった。映画の世界を鵜呑みにした。ロボットが進化したら心を持つ。そして人間と戦争をおこすんだ。そう本気で信じてしまって怖かったのを良く覚えている。ロボットなんて作らなきゃいいんだと本気で思った。

以来十年以上が経ち、世の中は進化し、アイボというかわいいロボット犬も登場。ロボットは俄然進化して映画も進化した。『AI』は角度が違うけどロボット対人間だし、『ターミネーター3』『マトリックス』に出てくるロボット戦争は子供の頃思いもよらなかったようなもの。過激で刺激たっぷりで哲学的要素が濃くなった。

そしてきっと1,2年経てば、ロボットは進化して、映画もそれにともない進化する。新たなロボット対人間の戦争が描かれていく。チャペックが1世紀前から予言した社会に一歩一歩近づいていくのだな。

2004年9月13日月曜日

『娘道成寺』舞台挨拶

昨日、会社の人のつてで『娘道成寺』の舞台挨拶を観にいった。うちの会社って、みんなでライブに行ったり、映画に行ったり様々なアクティビティが面白い。

まあそれはさておき、舞台挨拶は高山監督と風間トオルの2人の対談形式で進められていく。高山監督は年配の貫禄と優雅さを備えつつ、元気でチャーミング。風間トオルはもじもじたまにぼそぼそと話し、寡黙を装う。

2人の対談が面白かったかどうかはさておき、『娘道成寺』が面白いかどうかもさておき、その後2人を見た後だからこその視点で観る映画は面白かった。

合間合間に流れる火曜サスペンス劇場のような古い音楽。いかにもこの監督が好みそうだし世代ターゲットは年配であることがうかがえる。そしてストーリィ。昼下がりの主婦が喜びそうな純愛と愛にまみれた主人公たち。

この監督にしてこの映画あり。映画と監督が気持ちイイぐらいに結びついていく。舞台挨拶を見たからこそ、納得できたわけで。自己満足の喜びに浸っていた。

「最近は見ないけど、こんなとこにいたのね」と思っていた風間トオルも、役どころを観て納得。そうだこれが彼のはまり役。プレイボーイ。少々汚いことも平気でやっちゃうさ。それが何が悪い?と開き直る男がぴったりすぎてこれまた気持ちイイ。

昔、映画の仕事をしていたときは、監督や俳優さんにインタビューをするとき作品を観ておくのは大前提で、それで初めて突っ込んだ話に進む。でも、話を聞いてから観るっていうのもなかなか自己満足なレベルで味わい深いものなのだった。

映画の宣伝をちょこっとすれば、福助さんの舞は、そういうレベルを超えてすばらしかった。歌舞伎観にいきたくなりました。

2004年9月12日日曜日

oisix

先日、渋谷シダックス前で無料配布されていた野菜を会社の親切さんがもらってきてくれた。中にはジャガイモ3つ、にんじん1つ、たまねぎ2つ、かぼちゃ小が1つ入っていてなかなかの豪華っぷり。

無料配布のたくらみは中に入っていたパンフレットで明らかになる。Oisixという有機野菜、無添加食品のネットショッピングサイトの宣伝だったのだ。

早速その野菜でカレーを作ってみるとこれまたおいしかった。土の香りのするにんじんと甘いかぼちゃが味わい深い。

私の母は私がうんと小さい頃から有機野菜の宅配を注文していた。兄が病弱だったこともあってか、母は異様に体に入れるものに神経とがらせていて、農薬とか添加物にうるさかった。らでぃっしゅぼーやとか生協とか、とにかく色々試していた。最近もまた新たな宅配やさんを見つけたようで無農薬のおいしいオリーブを注文して私によく届けてくれる。父は父でお取り寄せウォーターにはまっていて、日田天領水やら何やらを取り寄せている。横浜の水は山梨から引いているからけっこうおいしいんだけど・・・はまっちゃっているのね、お取り寄せに。

というわけでそんな血筋の私なので早速宅配を試してみようということで各サイトを調べてみた。

Oisixが一番わかりやすいページ。年会費・入会金無料にかなり惹かれる。配達料金も安かった。

らでぃっしゅぼーやはちとわかりづらく、年会費・入会金はお試し期間を過ぎると発生するようなのだが、いくらかがわからずサイトをぐるぐる見ているうちに疲れてしまった。生協は昔からパッケージがださいイメージがあって、箱を開けた瞬間が楽しくなかったのでやめておこう・・・

と言う具合に初Oisixに決定!

2004年8月30日月曜日

群馬県、南牧村を訪問

3b692a04.jpg青木さんは南牧村で地ビールレストランを開いている。村おこしを狙って始めた地ビールだが、くせのある味はわずか人口3000人の村には合わず、いまやおつまみで始めたピザが主力商品。町のピザ屋さんとして名をはせる。

上野から高崎まで2時間。高崎から下仁田まで1時間。下仁田から南牧村までバスで40分。家を出てから青木さんのところに到着するまで5時間はかかる。そんな長旅をしてまで会いに行ったのは地ビールとおいしいピザだけが目当てではなく、青木さんという人の人柄の影響するところは大きい。

5年前にコペンハーゲンでたった一度食事をともにした。それから4年後に渋谷でご飯をともにした。全部で2回。それしか会っていないのに、全面的に信頼できる人。それが青木さん。いい人のレベルを超えたいい人なのだ。事実、あの山奥まではるばる青木さんに会いに行く人の多さには私も驚いた。

南牧村では、山奥の滝を見に行っては自然に畏れおののき、美しさに感嘆した。夜は青木ファミリーやその友達に囲まれて団欒して過ごした。夏休みのキャンプとしては最高のひと時だった。

しかししかしとても暖かい懐の影には過疎化の進んだ問題も目の当たりにした。10年後この村はもうないかもしれない。そんな和尚さんの言葉が胸にヒビキやりきれなさを残す、そんな旅だった。

2004年8月25日水曜日

スローライフ、アルネ

3cc392cc.jpgアルネ はナチュラル系スローライフな雑誌。衣食住をテーマに大橋歩さんが企画、編集など全て手がけている。

半年以上前に、ナチュラル派なお友達から紹介されたのを思い出した。「これ、おもしろいのよ」。そのときの特集はパンを焼く。一日かけて焼く。全て手作りで焼く。そんな特集で、刺激的ではなかったけれど、新しいタイプの雑誌だなーと思ってみていた。誌面の作りがとっても素朴で、広告ページも少なかったし、いかにも誰かの手作り雑誌という感じ。お金もあんまりかかってなさそう。柳宗理さんや安西水丸さんなど特集に扱う人たちも一般雑誌よりも個性的でオシャレでスロー。このときはまだ本やさんで目にする機会もなく、しばらくの間忘れていた。

そんなアルネが今日、有隣堂に行ったらバックナンバーから最新号までワンコーナー設けて陳列されていた。そして横にはスローライフ雑誌の元祖?「ku:nel」やカリスマ主婦の「雅姫さん」の本が置かれている。

日々の暮らしを豊かにオリジナリティーあるものにっていうのが確かな流行なんだなと実感。スローなひとときとスピード感のあるとき。両方楽しみたいものだな。

2004年8月24日火曜日

和をもって尊しとなす

全てを受け入れること、肯定することは簡単。
全てを受け入れず、否定することも簡単。

よし、全部受け入れようと心に決めれば、あとは受け入れていくだけだ。

でも、そうやっていったとき、何か正しくないものに出会ったときにとっさの判断が鈍くなる。あ、これは違う、間違っている。YESって言っちゃいけない。ってことは瞬時に感じないと物事は流されていく。終わった後にあれは違ったんだ、YESじゃないよ、といっても手遅れ。

常に否定してばかりいるよりも、肯定していくほうがいいし、ポジティブではあるけれど、何でもアリにしてしまうとおかしいことが起きても自分では気づかなくなってしまう恐れがある。

怒ったり、叱ったりできる人が最近少ないのは、こういう柔な受け入れ態勢を持った人が増えてきているからかなと思った。『和をもって尊しとなす』は何でもアリっていうのとは違うのだ。何がイエスで何がノーか。すばやく判断できるようになりたいと思う今日この頃である。

2004年8月23日月曜日

朝の空

3aca7bf1.jpg土曜日は飲み会とイベントとお祭りをはしごするハードスケジュールだった。昼間っから地元の高校の友達のお家で何年ぶりかで会うような人たちと飲み語り合う。

皆、多彩な才能でがんばっていた。CGのプロを目指したり、カメラマンだったり、IT系でフリーランスのコンサルティングやっていたり、仕事で海外飛び回っていたり。何より場所を提供してくれた友達は料理人目指していて、個人の部屋とは思えぬいたれりつくせり部屋で、居酒屋がそこにはできあがっていた。もちろん、お料理も手作り!で、お皿も手作りの焼き物。押入にはグラスがぎっしり詰まり、お風呂に冷蔵庫を置いていた。使い方間違ってるよね。早くお店オープンしてほしいな。

その後夜は知人が主催する地中海イベントへ。ベリーダンスのショーが魅惑的で、腰の動きに目が離せなかった。いいなー、去年もクラブでベリーダンスのショーを見て、気になっていたけど、やっぱり楽しそうで今年こそはチャレンジしようかな。

5時にお店を出ると、空がきれいで、風が爽やか。肩出しルックには肌寒いぐらい。秋を感じさせた。さー帰って寝なきゃ。夜はゼミ飲みです。

「白碗竹快楼」(ヒルズ)で白ごまタンタン麺

7522d22f.jpg六本木ヒルズ内にある「白碗竹快楼」で食べた白ごまタンタン麺。ごまがかなり濃厚なスープで、辛味も相当あって食べ終わる頃には汗だくに。麺は細めでスープが絡んでおいしいかった!

お店の内装も凝っていた。内装は和風で料理は中華。入り口付近には茶釜とお棗がオブジェとして飾ってあったり、瓦が壁に飾ってあったりしてどことなく室町時代風。黒塗りのテーブルと椅子に白いお碗にのせられている料理が映えること。

帰って調べたら際グループの店舗だった。いろんなラインでお店出してるなーと関心。料理もおいしかったし、鉄鍋餃子のイメージが一新されたのだった。

2004年8月21日土曜日

麻布十番祭り2004

金曜日から日曜日まで麻布十番祭りが開催★
六本木ヒルズができて以来、注目度アップの麻布十番なのだけれど、十番祭りも去年からすごい盛り上がり。駅からお家まで10分の距離が、この時期は混雑で人混みをかきわけかきわけで、30分以上かかる。

商店街を埋め尽くす屋台数はすごい!普段高くて入ったことのない韓国料理の高級店やフランス料理店、あと叙々苑なんかも屋台を出すので味を試してみるにもいいし、とにかくいろんな種類のものが食べれるので、楽しいー。

普段から気になってはいるけど通り過ぎていたような雑貨や洋服のショップも安く売り出すのでこれも見逃せません。早速、ワンピを3枚も買っちゃった。明日はどこで何買おうかなっと。

金曜日は、livedoorの堀江社長が彼女?を連れて歩いているところを目撃!道行く人に握手求められてました。時の人も見られて満足。

2004年8月20日金曜日

シエスタ

siesta:スペイン語でお昼寝という意味

今日の日差しはすごかった。空気が澄んできただけ突きつける日差し。コンクリの照り返しがお肌を突き刺し、蒸し風呂に入っているような都内の道路。日本の夏もいよいよシエスタが必要なんじゃないかってぐらい暑い夏だったなー今年は。

スペインに行った時、私はシエスタの言葉の意味を身をもって知らされた。本当に暑い。暑くて暑くて太陽が容赦なく降り注ぐスペインでは、昼間になると体がぐったりばててきて頭が朦朧としてくる。最近東京でも40度近く出たりするけど、スペインでは連日のように40度付近をうろうろしていた。日中は蜃気楼みたいに道路がもやっと揺れた。暑くてお昼も猛烈に働くってことができないよ、この国じゃ。

「クーラーがなかった頃はね、お昼はシエスタをとってたよ。仕事を12時ぐらいに休めて家に帰ってランチを取る。それから昼寝したりゆっくり休むんだ。それで2時3時に会社に戻るんだ」とお友達のラファは言っていた。

彼は地方都市コルドバに住むので、今でもシエスタを取る人は多い。彼のお父さんラフェエルもお昼になると家に帰ってきた。一方、マドリッドなどの都会ではクーラーも行き届いてきてシエスタをとる習慣はなくなっているそうだ。

習慣がなくなるのでは寂しいではないか。シエスタは素晴らしいではないかと言うと、国際派のラファは「今時昼間働かないなんてうちの国ぐらいだよ。EUでもお荷物あつかいされているぐらいだからね。どこの国だって働いているんだから国際的な流れにおいてかれないようにしなきゃ」ごもっともである。

シエスタも過去のものとなりつつあるのか。お国事情は様々よね。

2004年8月18日水曜日

ベストを尽くせ!

『ベストを尽くせ 
    常に勝負に挑戦しろ』


こんな熱い言葉をバックプリントにしたおそろいのTシャツを着た部活帰りの高校生を見た。男の子たちは4人いて、みんな丸坊主で真っ黒に日焼けして汗まみれ。電車の端っこに集まって真っ黒いかたまりみたい。時に笑う真っ白い歯がキラって光る。

何部かな?野球部かな?
20分ぐらいこのバックプリトの文字を見ていたら、なんだか私の気持ちにも訴えかけてきた。そうだそうだ、ベストを尽くそう!スポ根の気持ちがふつふつと沸いてきた。

彼らもきっと暑い暑い夏つらい練習のさなかでも、部員の背中に背負ったこの文字を見て何度も励まされているに違いない。そして彼らの心にこの文字は刻まれて一生忘れないに違いない。

夏になると思い出すだろうすばらしい言葉たち。
身体にしみ込んだ言葉たち。
夏の思い出って素敵だな。

ずっとオフィスにしがみついている私の夏も
そろそろてこ入れせねばと思うのであった。

2004年8月17日火曜日

毎月のお楽しみ、テーマで本

e8fdc109.jpg毎月テーマを決めて本を何冊か買うことにしている。本棚に入りきらなくなってしまった書籍たちはただ床に積まれるだけになっていて買うのはやめて、借りるとか図書館に行こうかなって思うのだけど、お気に入りの本を所有してる状態が好きでついつい買ってしまう。

先月は『女流作家』でそろえた。向田邦子、宇野千代、オノ・ヨーコの本を買った。表現方法は様々だけど、オリジナリティを感じさせる文章がそれぞれ素敵で、どれも読み終えた後、潔い気分になるのが不思議。

今月のテーマは『茶の湯』
mixiの茶道部コミュニティでお茶に関するお薦め本を聞いて、そこから2冊チョイスした。『利休道歌に学ぶ』と岡倉天心著の『茶の本』。こんな本を読んでる私って博学になっちゃうかもーと思ったけれど、これはハードルが高く2ページ進んで眠りについてしまった。特に『茶の本』は、子守唄のように古い言葉が押し寄せて気が付けば文字がゆらりゆらりと揺れていた。これ、今月中に読み終えるかな・・・。

次のテーマは何にしよっかなっと。

2004年8月15日日曜日

幸せって感じた瞬間

昨日友達と食事していて、最近自分のことがよくわかるようになったという話になった。一人の友達は最近になって水を怖がる自分に気づいたと言う。プールで泳ぐのは平気だけれど、海でダイビングをしようとしたときにパニック障害に陥ったりとか、お水を飲むのがあまり好きでなかったりとか。水全般が苦手だと言う。

もう一人の友達は寝ているときが一番幸せってことがわかったり、飲み会でのデザートには興味はないけれどアイスだったら食べる自分に気づいたとか。毎日の暮らしに影響を及ぼすものだったり、とくに気づかなきゃ過ぎ去ってしまいそうな自分だけの変な癖だったり色々あった。「私って実は○○なんです」談義になっていって結構面白かった。

高校時代からの友達は10年来の付き合いになるから、気分的にはお互いを知った気でいるのだけど、案外、20過ぎになるとそれぞれの傾向が分かれてきて知らない面がたくさん増えてくる。それに働き出すと部活と勉強だけしていた高校生の頃と違って、職業によって様々な考え方や習慣を身につけるからいつまでも『あの頃の私達のまま』というわけにはいかなくなってくる。

そういうわけにいかなくっても「知らなかった一面」や「年齢を重ねるごとに増えていく新しいキャラ」を発見できる友達がいるってなんか私ってけっこう幸せじゃんって思った。

2004年8月12日木曜日

生まれながらの性質

最近スポーツづいてる私は早朝に太極拳。夜はできるだけスポーツクラブ通いという日々を送っている。

身体動かしていると自然と笑みがこぼれるぐらい運動が好きで、特にテニスなんて始めると楽しくてプレー中も笑顔満載。

こんな私でも茶道や華道のお稽古を続けているのだけれど、これには訳がある。

実は大学時代、外で動き回って家にいつかない私を見て教育を間違えたと思った母がお稽古先を見つけてきた。もともとおてんばだったけど年頃になれば、もうちょっとおとなしくなるだろうと思った。でもそんな気配は微塵もない。この娘の先が思いやられる。何か室内的なことをやらせたいと思ったそうだ。

母の戦略はある意味正しく、一度始めるとはまってしまう私は茶道やら華道やらにはまり、着物を着たりして文化的なことに興味を持つようになった。見た目には多少ヤマトなでしこを装うこともできるようになった。

でもでもやっぱり、スポーツしていると心と身体がうきうきして自然と笑顔になっちゃうんだからしょうがない。こういうの考えてると生まれながらの性質ってやっぱり変わらないものだなって思う。

2004年8月11日水曜日

公開間近の『華氏9・11』

『華氏9・11』が公開間近になってきたことで、ニュースでよくマイケル・ムーア監督が取り上げられるようになってきた。

アメリカではマイケル・ムーア支持派と反対派が過激な論争を交わし、マイケル・ムーアを批判するための『アメリカが嫌いなマイケル・ムーア』というドキュメンタリー作品の製作も決まっているらしい。

こうなってくると目には目をドキュメンタリーにはドキュメンタリーをという具合で、もはやドキュメンタリー映画の領域を超えて政治思想を反映したプロパガンダ映画合戦に突入しているように思える。

ドキュメンタリーで有名な監督ニコラ・フィルベールは真の意味でドキュメンタリー映画など存在しないと断言し、自分はドキュメンタリー監督ではないとも言う。

「どんな自然な映像も、監督の意図するよう編集されてしまう。自然な映像も必要な部分とそうでない部分に分けられてeditされていくうちに100%客観的ではなくなり、監督の主観が入るのを避けられないのです」

改めてドキュメンタリーとは何か考えさせられる言葉だ。

ドキュメンタリーと聞くと、人はその作品から真摯なメッセージを受け取ろうと作品鑑賞に挑むと思う。しかしアメリカで繰り広げられているドキュメンタリー合戦は、加熱すればするほど本質から離れていくような気がしてならないし、映画作品というものから離れていくように見える。

2004年8月10日火曜日

夏のドリンク

7a53da66.jpgちょっとはまっちゃった?

「キリンガラナ」

北海道限定炭酸飲料と書いてあるのに、ビルの自販で売っている。
夏季限定で『クセになる刺激!!』ってコピーがついていて、「私ははまらないわよ」って思っていたのに。

オロナミンCの安い番のようなこの味にいつしかとりこに。ついつい自販の前に立つと買ってしまうのだ。気が付くと社内はこの赤い缶を片手にうろうろする人が増えていた。

飲んでいる人は飲んでいる!
はまる人ははまっている。
はまる覚悟でお試しあれ。

2004年8月9日月曜日

太極拳2004(六本木ヒルズ)

54ccaf20.jpg夏休みになるとラジオ体操。
ではなくて太極拳をするのが六本木ヒルズの夏の風物詩になっている。朝の7時半から45分間、200人近くの人が六本木ヒルズアリーナに集い太極拳を学ぶ。ステージに立つ講師の動きを真似する参加者たちは真剣そのもの。参加者は近所のおばさんから子供たち外国人たちまで様々で、私もその様々の中の一人。

夏になるとやってくるこの催しは今年で2回目。初回だった去年はそのもの珍しさに各マスコミにとりあげられていて、カメラをかついだ取材のクルーがうろうろしていたけれど、今年はまだ一度も取材を行う様子を見ない。

朝から身体を動かして最近健康良好な感じ。しかも参加するごとに六本木ヒルズで使える100円コインがもらえ、さらに5回参加してスタンプがたまると500円チケットがもらえて2度おいしい!!

まあこの金券はもらえなくてもいいから、このイベントが来年も再来年も続いて欲しいと思います。今年は去年よりすでに日数が減っていて先細り傾向が見られるのだ。

2004年8月5日木曜日

お豆腐万歳

今朝は早起きしていたので、近所のお豆腐やさんにお豆腐を買いに出かけた。豆腐好きとしては朝のできたてを食べるのがたまらない。夜になるといっきに味が落ちる気がする。

久しぶりに食べたお豆腐屋さんのお豆腐はずっしりしていて濃厚な感じがした。

スーパーで買えるお豆腐は天然のにがりを使っているものはもはや少ないと母に聞いて以来、成分表示を見てから買うようにしているのだけれど、本当に天然にがりを使っているお豆腐って少ないのだ。母のお薦めの「スーパーで売っている天然にがり使用のお豆腐」もお豆腐やさんには負けてしまう。

お水がおいしいところのお豆腐も食べたいな。

2004年8月4日水曜日

拡がるDVD

DVDは今ハリウッドの稼ぎ頭になっているそうだ。劇場公開はDVDの前宣伝といわれるぐらいの売上げを伸ばしている。例えばファインディング・ニモ。興行収入より6000万ドル以上多く売上げたとか。DVDの売上げなしには映画製作は語れなくなりつつあるようだ。

DVDを一度レンタルするともうビデオには後戻りできない。画質も音もいいものね。DVDのおかげでレンタル生活が楽しくなったのは確か。なのに近所のツタヤはいまだにDVDが少ないのが残念なところ。

最新作は当たり前としても、名作や古いマイナーな作品は依然としてビデオのみなんだよな。俳優で過去の作品へと追っていくとビデオレンタルのみの作品に行き着いたりする。ビデオを借りるという選択肢が最近私の中には生まれないので、結局最新作ばかり借りてしまう。それで諦めた作品は数知れない・・・。古い作品もがんがんDVD化していってほしいものです。

2004年8月3日火曜日

麻布十番、ガマガエル現る!

麻布十番とカエルには密接な関係があることは知っていた。

知っていたけれども、ガマガエルが私のおうちに現れたときはかなり驚いた。それは猛暑真っ盛りの7月の後半。夜の10時ごろだった。私の部屋はマンションの1階なのでベランダではなくちょっとした土がある。植木がちょこちょこっと置いてあって、その間から夜突如としてガマガエルちゃんがやってきた。

すごい、でかい!こんな大きなカエルは生まれて初めて見た。スターバックスのラージサイズぐらいはあった。立派だった。身体全体にイボイボがあって茶色く、黒い筋が入っていた。ずしっと座り身動き一つせず貫禄を感じた。しーんとした暗い夜の中、私たちはしばらく見詰め合った。

見詰め合ううちに驚きは喜びに変わる。こんな都会に、ガマガエルちゃんがこんなに大きくなるまで育つ環境があるなんて。どうやってここまでやってきたの?何しに来たの?なんだか嬉しくなっていた。私のところに来てくれてありがとう。お礼に周りの土を水で湿らせた。あまりの暑さにガマガエルちゃんも気がくるって人のいるところに降りてきたのかもしれない。

伝説では江戸の昔、麻布のがま池に住む大ガマが大火を消し止めたと言われている。事実、この地域一帯は、不思議と火災が少なく、地元ではがま池のご利益ともされている。麻布十番稲荷のカエルのお守りも、この伝説にちなむもの。で、私もちゃっかりカエルお守りを2つも持っている。都会といえども、麻布十番ほどカエルが出てきて当然の土地はないのかもしれない。

大ガマ様の使者なのか。何だかいいことが起きそうな気がしてくるのだった。

2004年8月2日月曜日

マッチョがもてる

最近韓国人男性と付き合いたがる日本人女性が急増している。と、昨日見たテレビで特集していた。冬ソナの影響か・・・

韓国人男性を好む理由。それは愛情表現の豊かさだそうだ。日本人男性は好き、愛していると言ってくれないけれど、韓国人男性は自然にそれを口にして、ロマンチックな言葉を並べてくれるとか。

これってちょっと変な感じと思った。愛情表現豊かな人種は他にたくさんいるしさ。私が思うには、韓国人男性のがモテる理由は心と体のマッチョ感だと思うんだよね。

以前に知り合った韓国人男性で一様にいえること。それは肉体的にマッチョだった。兵役義務の影響は大きい。20代後半にもなると兵役を終えて鍛えられた身体を持つ。胸板が厚くて、背は低くとも体格はがっしりしていた。

性格も強引な人が多かったな。悪く言えばしつこくって諦めが悪い感じだけれど、よく言えばぐいぐいひっぱっててくれて頼りがいがある。いわゆる男性的男性であり、、男は強いのだっと言えてしまえる実力を備えなおかつ優しいのであった。

一方、昨今の日本人男性は柔になりつつあるという話を聞きますし、いい悪いは別として男性の女性化、逆に女性の男性化も進んでいるわけで。男性らしいかっこよさを備えている人は減っているのかはわからないけれど、中性的な人が増えている気がする。ま、それも一つの魅力ですけど。

マッチョなだけが魅力ではないというのは重々承知しつつも、本能的にマッチョを求めてしまう女性の氷山の一角がここに現れているのでは?と思うのであった。

2004年8月1日日曜日

冷やし抹茶

昨日桜木町のクイーンズスクエアで伊藤園のサービスステーションを見つけた。町中やデパ地下にあるお茶やさんよりおしゃれで洗練されてて、ついついふらっと入ってしまった。

そこで見つけたのが「冷やし抹茶」!40グラムで800円。私は冷やし抹茶が大好きなのだけれども、いつもはお湯で点てる用のお抹茶を使っている。それで十分おいしいのだけれども、冷やし専用が売っているのなら、それがおいしいに違いないと思って早速買ってみた!

結論はイマイチだった。値段が安いのが気になってはいたけれども、これじゃふつうのお抹茶の方が断然おいしい。パウダーが粗くて、のどごしが粉っぽかった。絵的にも、色がくすんでいてお抹茶の緑がお茶碗に映える喜びが全然なかった。

冷やし抹茶といえども、抹茶は抹茶。冷やし用になるとどうしてクオリティが下がっちゃうの??不思議でたまりません。

2004年7月31日土曜日

桜木町

b291fbe1.jpg今日は大好きな桜木町周辺で一日を過ごした。ランチを母と彼と3人でして、その後は桜木町と中華街をウロウロウロウロ。やっぱり桜木町のあたりは大好きだな。海があって空が高い。大好きな景色。気持ちがフレッシュになる景色。原点に帰るんだなーこのあたりにいると。とにかくがんばろうっていう前向きな気持ちが生まれてくるところ。

みなとみらい線が開通して以来、東横線の桜木町駅がなくなって不満ぶーぶーだったけれど、今日初めて馬車道駅と元町・中華街駅を利用したらなかなか便利だった。

どちらの駅も、カラーを出そうとしているのが面白かった。パリの地下鉄は駅によって壁のデザインや駅名のデザインが工夫されていておしゃれなのだけど、みなとみらい線はパリのようにちょっとがんばっていた。馬車道駅は赤れんが風。元町・中華街駅はレトロな港の開港初期を装いつつ、モダンな印象もある。JRや私鉄の駅はどれも同じだからこういうがんばりって楽しいよね。ま、観光地だからこれぐらい当然かな。

2004年7月30日金曜日

フローラン・ダバディ氏

先日、フローラン・ダバディを街で見かけた。トルシェ監督の通訳係として来日し、今では文化ジャーナリストだったり、ファッション誌に登場したり、本を執筆したりとセレブな活躍をみせているフレンチの彼である。

家に帰って買ったばかりの雑誌を開くとなんとさっき会ったばかりのダバディさんが執筆した記事が載っていて、読んでみたらけっこう面白かった。ダバディ節が炸裂していた。つまりとってもコスモポリタンな意見なのだ。

記事の内容は、「オリンピックは滅び行く方向に向かっている。これからは国のためではなくて個人が自分のために戦う『人』を祝う祭典にしよう!」といったものだった。

コスモポリタンな地球ではプロのアスリートは自国にいることにこだわらず、腕を磨ける国へと移っていく。昨日までフランス代表チームで戦っていたアスリートが、今日にはアメリカの代表選手として戦っていることだって起こりうるのだ、と言いたいらしい。

国境という枠にとらわれず、いいものはいい!という彼のメッセージはちょうど1年前に聞いたことと通じるものがあった。

昨年の6月下旬、横浜で毎年開催されるフランス映画祭にゲスト出演し、フランス映画への熱い思いを語るとともにあまりフランス人らしからぬコメントが面白かった。

時期としてはそう、アメリカとフランスがイラク戦争に対して異なる方針をうちだして険悪ムードが漂っている頃だったので、フランス絶賛、アメリカ大批判で終わると予想していた。ところが、

「フランス映画だから面白いとかハリウッド映画だからつまらないというのではもうナンセンス。もっと広い視野で文化を捉えたい。どこの国から生まれた映画だから面白いというのではなくて面白いものは面白いものとして評価していきたい。そうすることが互いの国の文化を成長させるのではないか。」

ダバディさんの前に美輪明宏氏もゲストで来ていてコメントの際はアメリカを批判しまくり、フランス映画およびフランス文化をを絶賛した後だった。
同調しないダバディさんの横で、美輪さん、ちょっとしかめっ面になるという感じだった。自分の主張を述べたダバディさんはちょっとかっこよく見えた。

一見するとちょっとミーハーなコスモポリタンに見えるダバディさんだが、去年のフランス映画祭以来、ただの軽いセレブじゃないんだなと見直した。

今回のオリンピックの記事も面白かった。見た目も頭脳もスマート!ダバディさん気になる存在になりつつあるのだった。

2004年7月29日木曜日

フリペ激戦区

4a9f2138.jpg麻布十番はフリペ激戦区。
飲み食いどころは豊富だし、六本木ヒルズ効果で一躍マスコミの脚光を浴びている。というわけで、麻布・六本木・広尾を扱ったフリペが入り乱れている。麻布十番の地下鉄への狭い入り口では常に誰かが何かを配っている。

フリペだけで言えば「アソビッブ」「ホットペッパー」「麻布時間」「チェキランチ」などなど、通勤ラッシュのサラリーマンを目当てに朝から配布に励んでいる。

「アソビッブ」は六本木ヒルズのオープンとともに登場!テレビ東京の番組紹介やキャスターのインタビューが載っているところを見ると、テレビ東京が企画したんだろうな。だいたいイケイケギャル系姉ちゃんが白いミニスカ姿で配っている。

「ホットペッパー」は言わずもがな、女の子大好きのクーポンマガジン。地下鉄入り口付近で身を乗り出して大声で叫ぶ。こちらは元気なお兄ちゃん。

「麻布時間」は麻布十番に新しくできるマンションの建設会社が企画したらしい。麻布を大人の街に位置づけ、オトナ時間を演出したコンテンツで、エグゼクティブや共稼ぎ夫婦をターゲットにしているようだ。2回発行していて、かたせりのや志村けんが表紙を飾っているところからもターゲットの年齢層は高いことが伺える。写真の質は高く一番お金かけてそうな感じ。一度、日英併記で新聞風のも増刊していたが内容は乏しかった。こちらもイケイケ姉ちゃんが配っている。

「チェキランチ」は実は今日初めて見た。またまたクーポン系かと思いきや、ランチに限定したクーポン。特筆すべき内容ではないが、ランチ限定というところで面白さを出したのだろう。これは普通のお姉さんだった。

麻布に店が多いと言ったってこれだけのフリペがあればお店の数にも限界がある。たいしておいしくもない店が特集で取り上げられていたりすると腑に落ちなかったりする。

この手のフリペが次から次へと生まれてくるのに、それでもそれぞれがそれなりの特色を持っているし、広告がついているからすごいと思う。そしてどのフリペが生き残り、どのフリペが消えていくのか・・・。行方が気になるのであった。

2004年7月28日水曜日

ハリネズミな関係

大学時代の友達でハリネズミの関係みたいな友達がいた。似たもの同士で一緒にいるとわかりあえた。彼女の突飛に見える行動も私にはどうしてだかわかったし、私のこともよくわかってる子だった。

似たもの同士で理解しあえるってことがわかると頻繁に会うようになった。そうするとなぜだかうまくいかなかった。毎日会って毎日おしゃべりすると思ったよりも居心地が良くなかった。互いのあくの強さがちょっとづつぶつかった。

同種類だから近くにいると安心する。なんとなくよりそってもみたくなる。けれども、近づきすぎるとお互いのもつトゲがちくちく痛い。それって、私たちハリネズミみたいだねって笑った。

行動的で好奇心旺盛で無防な私たちは、海外旅行もチャレンジャーだった。待ち合わせはアイルランドのダブリン。そこからヨーロッパ最西端の島アラン諸島まで一緒に旅をした。たった一泊二日を供にして、それぞれの旅に戻った。道中あんなに仲良しだった2人は旅から帰るとまたさっぱりした関係に戻った。

きっとお互い一目おいていたんだろう。ライバル意識みたいなものもあっただろう。単に親しい友達に送る視線とは違うものを確かに私は持っていて、この子にはかなわないと思う反面負けたくないと思う気持ちがいつもあった。親友と言う言葉はあてはまらないかもしれないけれど、特別な存在だった。

卒業して3年も経つとそれぞれの道が分かれてくる。彼女は秋から留学することになった。私のハリネズミが遠く旅立つような感じがする。でもきっと何年後かに会っても意気投合できるんだと思う。

2004年7月25日日曜日

『グレープフルーツ・ジュース』

注文していたオノ・ヨーコの『グレープフルーツ・ジュース』がやっとお家に届いた。

全身を使って読むような本。頭を使うのではなくて感覚を使う。理解するのではなくて、感じようとすること。不可能はない。時間のベクトルが未来へしか進まないとしたら、それすらも違うと思えてくる。

読み終えたら、きっと人それぞれの感じ方があるんだと思う。私はそれはそれは、全身が地球とつながってるみたいで、果てしない気持ちと、愛おしさを感じた。大自然の中にいても大都会の中にいても生きることは感じることだ。

ただし、オノ・ヨーコからの「最後の命令」には従えないけれど。

冷やし抹茶

9664c25a.jpg夏になるとたまらなく好きな冷やし抹茶。冷たいお抹茶の方がお抹茶の味が強く感じるけれど、のどごしはまろやかに感じるから不思議。この時期はぬるい抹茶より、氷水で点てる冷たーい抹茶は意外性もあってか、好評の一品。

季節感を出すのも楽しみの一つ。夏用の平茶碗を使って飲むと見た目にも涼しい。夏用にガラスのお茶碗がもう一個欲しいな、と欲深になってしまうのだった。

2004年7月24日土曜日

茶道の先生が嘆く訳

今日茶道の先生に会うと嘆いていた。
「31年間先生を続けて今年初めて部員が入らなかったのよ」と。

先生は自宅で茶道を教える他に神奈川県の高校の茶道部の先生もしている。今年が31年目。それで初めて1年生の部員が入らなかったのだそうだ。職員室に行くと学生の全体の人数が減っていることを聞き、募集に力を入れても効果は出ないという。嘆くしかないというわけだ。

今の時代、お稽古ひとつ選ぶにも選択肢は数限りない。フラメンコ、カポエラ、ボクシング、インド舞踊、ベリーダンス、ヨガ等等、私の友人の習い事をあげるだけでもこれだけは挙がってくる。茶道よりも刺激的で面白そうなものばかり。

けれど茶道は長くやればやるほどはまってしまう奥深さがある。と私は思っている。だから高校生ぐらいから始められるって結構贅沢だと思うんだけどなー。

2004年7月21日水曜日

蜘蛛の恋占い

たいていの場合私は虫は嫌い。虫はだめ。でも家にいる虫の中で見つけても放置しておく虫がいる。いたことを見て見ぬふりをしてしまう。それは蜘蛛。今日も同居人の蜘蛛ちゃんが部屋をうろうろしていた。

子供の頃、蜘蛛を殺すと悪いことが起こると聞いたことがある。それに蜘蛛は家を守ってくれているとも。で、今も蜘蛛を見つけても畏敬の念もあり、殺そうなんて思えるわけもなくとにかく放っておくことにしている。

こんな感じで蜘蛛が他の虫とは別扱いの人は多いに違いないが、蜘蛛がもっと別格で特別な存在だった時代がある。

古代日本では蜘蛛が天井から下がってきたり、網を作っていたりすると、その夜恋人がやってくると信じられていたのだそうだ。男性が女性のもとに通っていたので、女性の側の恋占いの一種で、蜘蛛を見ると怖がったりするどころか、嬉しかったのだろう。「あの方が今夜いらっしゃるんだわ」と信じていたのだろうな。

2004年7月20日火曜日

今日も明日も焼き肉苑

夏になると焼肉やへ足を運ぶ頻度が異様に増える。
夏バテかと少しでも怪しいときは焼肉やへ。お肉とニンニクとキムチでスタミナつける。これが私の夏バテ回避コース。三日連続で行ったこともあるのは焼肉苑。この夏の猛暑に負け早速今日も焼肉苑へ。

麻布十番には韓国大使館があるので、たくさん焼肉やさんがある。本格派の焼肉やさんはたくさんあって値段も高めで足は近づかない。そんな中でも焼肉苑は安くておいしくて元気のあるお店で名物チック。何度行っても何度も行きたくなるお店。一人2000円でビール一杯のほろ酔いとお腹いっぱい気分になれること間違いなし!

お店の経営者は「それでもヤクザはやってくる」の著書で、本やらテレビに出ました!の張り紙がたくさん貼ってあって少々うるさい感じ。隣の席の人とも近いのでやや熱い感じ。

ここ数ヶ月で会社のボスに感動的に柔らかい特上ロースのある焼肉屋や、感動的に分厚い牛タンのお店に連れて行ってもらったけれど、やっぱり行きなれた安くておいしい焼肉苑は落ち着くんだな。

あーまた明日も行きたいわー

2004年7月17日土曜日

無骨な宣伝??

現在公開中の『イザベル・アジャーニの惑い』http://www.elephant-picture.jp/madoi/
私は去年のフランス映画祭横浜の開催中にこの作品を観ていた。そのときは原題のタイトル『アドルフ』を使用していた。

見所はイザベル・アジャーニの美貌であり、それに近づくスタニスラス・メラールの美しさも超一級。二人の美しさを観ているとそれでよしの映画だが、原作はBenjamin Constantの『アドルフ』だし、恋する美青年の苦悩がはかなくも美しい絵を観ると、やっぱり映画のタイトルも『アドルフ』のままでいいじゃんと思ってしまう。

日本でのイザベル・アジャーニの知名度にあやかってか邦題を『イザベル・アジャーニの惑い』にしたのだろう。宣伝だってイザベル・アジャーニが主演といちいち説明しなくてもいいから近道だ。

去年公開された『僕の妻はシャルロット・ゲンズブール』の時もそうだった。原題は『僕の妻は女優』で、シャルロット本人も自分の名前が邦題に使われているのは映画の意図することとは違うと正直に答えていた。

映画の邦題へのタイトル化は難しい。宣伝マンを悩ますのだろう。原題のままでは面白さも伝わらない。特にフランス映画はただでさえ知名度が低いだけに、主演女優の名前を使っちゃえってことになるんだろう。宣伝の戦略には仕方のないことだ。でも、ハリウッド映画だったら、『ニコールキッドマンの惑い』なんてタイトルはありえないだろうな。そう思うと日本で観るフランス映画の宣伝って無骨だよね。

2004年7月16日金曜日

キムチの謎が解けた時

いまだかつてない韓国ブームにのってか、フジテレビの月9ドラマ「東京湾景」が始まった。あんまり面白くなさそう・・・と言いながらも在日韓国人の友達のことを思い出し、気が付くとしっかり第2話も見ていた。

私の友人の美樹ちゃんはこのドラマの中の仲間由紀恵ふんする木本美香とちょっと似ていた。25歳、在日韓国人3世で彼氏は日本人。両親はともに韓国人だが日本に帰化していて、名前も外見も中身も日本人にしか見えない。ドラマと違うのは美樹ちゃんはもっとさらっと人種をとらえていた。

美樹ちゃんに知り合ったのは旅先でのこと。ドイツで同じユースホステルに泊まっていてベッドが上と下の関係から始まった。意気投合してドイツの小さな村で丸一日一緒に観光した。いっぱいおしゃべりをした。日本にいる彼氏や家族のこと、ドイツ周遊中に出会った珍事件などなど。その中で一つ同じ体験をしていた。

私    「外国にいると中国人とか韓国人に間違えられるよねぇ。」
美樹ちゃん「あるある、私もこの間韓国人に韓国語で話しかけられてびっくりした。日本人って韓国人と顔似てるもんね」

このとき美樹ちゃんはまだ自分のことを韓国人だと知らなかった。日本に帰ってから私は横浜、彼女は大阪在住で、もう会うこともないかなと思っていたけれど、1年後美樹ちゃんが私の家を訪ねてきた。「横浜に遊びに来た」

一緒に中華街をまわって、小さな路地の韓国料理屋の前で美樹ちゃんが言った。

「私、実は韓国人やねん」

彼女は20年間日本人だと思って育っていた。そして20年目にして初めて親から告白されたそうだ。
両親も韓国人。親戚もおばあちゃんもみーんな韓国人だと、このとき知った。「ちょっとショックだったけど、生活も特に変わらないし、彼氏も最初は驚いてたけど、今は何も変わらない」そうだ。

両親は隠そうとしていたわけではなかった。
子供にもタイプは色々ある。傷つきやすい子、感じやすい子には成長の過渡期には伝えないほうがいい。彼女の弟は自分が韓国人だと知っていた。中学生ぐらいから知っていて、お姉ちゃんには黙っておくようにと親に言われた。かくして身内の中で彼女だけがそれまで韓国人であることを知らなかったのだ。

美樹ちゃんはこのとき一つの疑問を解決した。子供の頃からずーっと疑問に思っていたけれどわからなかったこと。

それは自分の家の食卓には毎日キムチがあった。親戚の家にもおばあちゃんの家にも当たり前のように自家製キムチがあった。でも友達の家に遊びに行くとキムチはない。何でだろう・・・?とずっーと思っていたそうだ。

以来、美樹ちゃんからは1年に1度キムチのおいしい時期になると、自家製キムチが送られてくる。おいしいよ、また食べてね!とのメッセージ付きで。

韓国人でも日本人でもあまり変わりなく、むしろ韓国人であることを楽しむかのように今をたくましく生きる美樹ちゃん。

私にとっても彼女が何人であろうとあまり関係ないのであった。

2004年7月14日水曜日

「リズ・シャルメル」とトヨタの関係

「リズ・シャルメル」

女性ならば一度は買ってみたいと思わせるゴージャスなレースが魅力的なフランス生まれの高級下着ブランド。いわゆる勝負用下着にふさわしく値段も相当高い。

しかし、凝った刺繍と繊細な色合いを見るとその価格を納得せざるを得ない。ブラは1万8000円、ショーツは8000円はする。全国各地のデパートやショッピングモールで販売していて、見るたびにそのラブリーさに私の心もくすぐられていた。

実はこのリズ・シャルメル、生産方式があの日本のトヨタ方式らしい。今日たまたま手に取った雑誌に「リズ・シャルメル」の文字を発見すると自然と目が走った。1976年に設立され、90年以降急成長。現在42カ国で販売し、設立当時50人だった従業員は今では1100人にものぼるそうだ。この成長のカギは、トヨタ式を取り入れることで作業の標準化、品質の向上を達成したことだ。

フランスの高級下着メーカーと日本のトヨタ生産方式。意外な組み合わせではあるが、良い物は国を超えて共有されるべき。そして何よりあの憧れのリズ・シャルメルに日本の頭脳が生かされているなんて、何とも誇らしいではありませんか!!

2004年7月12日月曜日

ブームは代わる代わるやってくる

ランチタイムで会社の人と好きな食べ物の話になった。お互いの好きな食べ物を聞いたりして、「えーそんなものが好きなの??」とか「えーそんなものも食べられないの?」といった具合で、好きな男のタイプとか好きな女のタイプを聞くみたいに好みは人それぞれで妙に盛り上がった。

私は食べるのが好きだから一番好きな食べ物は?と聞かれるとけっこう困る。イタリアンも中華も和食もフレンチも何でも好き、と答えるしかない。でもよくよく考えると私はその時期その時期ではまる食べ物がある。

高校生のときはパンが大好きでパンの会という全国規模のネットワークに入っていて、パンを食べる会にはしょっちゅう参加していたっけ。おいしいパンやさんの本を手に、都内のパンやさんを食べ歩いたことも。おそばが好きな時はランチにおそばばかり食べていた。若者の街渋谷に出かけてもそばやを探していたり。お好み焼きが好きな時はしょっちゅう作って食べていた。ちょっと前はお豆腐が好きで、お豆腐屋さんで大量に買っていたな。できあがる朝がおいしいということでできたての時間をねらい買いに行ったりした。

好きな食べ物にブームがある。しばらくするとその熱が冷めては新たな食べ物のブームがやってくる。これって熱しやすく冷めやすい私の性格なんだね、きっと。

2004年7月9日金曜日

心おきなく週末気分

濃密な週末だった。しかも久しぶりに開放感があった!

土曜日はほおずき市に初めて行った。毎年7月9,10日と日が決まっていて、今年は土日だったことから例年より多くの人が訪れたそう。確かに、ものすごい人で仲見世通りがなかなか進まず、初詣の時を彷彿させた。

ほおずき市はテレビで観たことがあるだけだったのだけれども、先月浅草歩きの楽しさを覚えてしまい、その延長線上で出かけたのだった。ほおずきを一鉢買い、今は青々としているほおずきちゃんがお盆前に赤くなるというのが待ち遠しい。

夜は女子バレー、ワールドグランプリをビール片手に観戦!ポーランド戦負けちゃったけど。私は大山かな選手がお気に入り。オリンピック予選では出番が少なくてやきもきしたけれど、今回はけっこう活躍している。スランプの時期があってコートにたたせてもらえずしばらくベンチにいた彼女がやっと戻ってきて言った言葉「コートにたてるそれだけで嬉しい!」これ聞いて「がんばれっ」とすっかり応援したい気持ちになってしまった。アタックが決まった時のパワフルな喜びは観ていてすがすがしい。パワフル・カナとか呼ばれちゃってるけど肌がきれいでけっこうきれいな子。そういう点も○です。

バレーボールで盛り上がった後はDVDを観たり、久しぶりの夜更かしでした。

日曜は選挙に行ったり久しくあっていない友達と長電話したりであっという間に終わっていた。人とコミュニケーションとっているときってなんと時間のたつのが早いことか!とっても充実した休日気分にさせてくれました。プラス、夜になると女子バレー観戦・・・

しばらくバレー観戦にはまりそうである。

2004年7月8日木曜日

心の中でI miss you

胸がきゅんとさびしくなる思いをした。

大学3年生のときから去年まで、毎年開催される映画祭のスタッフを続けてきた。映画祭の名前はネクストフレーム・ジャパンと言う。アメリカのテンプル大学が発祥の地で世界各国の学生フィルムを集めコンペティションにかけ、優秀作品のみを上映する映画祭だ。学生ものというと正直つまらないイメージを持つが、あなどるなかれ。海外、特にアメリカでは一度映像関係の仕事に就いた人がもう一度勉強しようと学生に戻ったりするので、プロの作品に近いものが集まる。優秀作品は見ごたえのあるものばかりだ。

5年前というと、ショートフィルムのはしりであり、コンテンツブームにあいまってショートフィルムはもてはやされていた。私は広報スタッフをしていたが、IT系の会社の人からよくお声がかかった。「ネクストフレームの作品をブロードバンドで放送させていただければ、いくらかビジネスになりますよ」と。

幸か不幸か、ネクストフレームの作品の版権は本国アメリカが管理していたので、やりとりがややこしい。しかも2,3分の作品も多く、製作者はかなりの数に上る。我らが実行委員会が製作者一人ひとりとネゴするだけの体力を持ち合わせていなかった。そんなわけで社会のブームにのるわけでもなく、ただひたすら独自路線を行く映画祭として今まで生き残ってきたのである。

運営は麻布にあるテンプル大学ジャパンが主に動き、その脇を映画に興味を持つ社会人や他大学の学生が固めた。東京国際フォーラムで3日間にわたってイベントを行うので、なかなかのやりがいがあった。

やりがいがあるということはそれなりに大変ということで、自由時間が持てなくなるとスタッフは少しづつ抜けていく。でも映画だし国際的だしということで興味を持つ人がちょっとづつ入ってくる。楽しい仲間と出会っては別れる。そしていつしかやる気みなぎる古スタッフは激減し、縮小傾向。かく言う私も2,3ヶ月かかる準備は手伝えず、当日スタッフとしてのヘルプしかできない。さらには主導権を握っていたテンプル大学の先生も具合を悪くして、主催が難しくなってしまい、新しいディレクターにまかせることになった、と今年になって聞いていた。

偶然にも新しいディレクター、その人は知り合いであり、映像監督でもある人。ドイツ人から見た日本に関する映画の製作に携わったり、いい作品を作る人でかなりユニークで尊敬できる人だ。この人なら映画祭をいい方向に持っていってくれる!ということで安心しきっていた。

安心はしていたのだが、今日そのリニューアルされたHPを見たら、映画祭の名前が変わっていた。NextFrameJapanがNextFrameNIPPONになっていたし、会場もお馴染みの東京国際フォーラムから渋谷の某ミニシアターに変更していた。

映画祭が存続してくれるのは嬉しい。なくなっちゃうのは嫌。でも名前も場所も変わってこれから形式もかなり変化していくだろうなーと思った。港を離れる舟を見送る気分。港に残される私と旅立つ舟。Have a nice tripと叫び、心でI miss you。
これからはお客さんとして観にいくよ。

2004年7月7日水曜日

らしさとは何か

アナタらしいって何?
ワタシらしいって何?
自分らしいって何だろう?

学生のアンケートで今後の目標を「自分らしくあり続けたい」という回答がやたら目立つ。会社選びの基準も自分らしくいられる会社であり、私の個性を発揮できる会社だと言う。

じゃあアナタらしさって何?と私は思う。

養老孟司は「死の壁」で、個性なんてものはないと言っている。生まれもっての身体的特徴や性格が個性だとも言っている。

私の上司は1万人近くの学生の面接経験があり、学生にこうアドバイスする「自分らしいあろうという心配はしなくていいですよ。どこで働いても自分らしくいられますから」と。

私も学生の頃は頭でっかちで、個性を身につけたいとか、私らしくいられないのは嫌だとか、そんなことばっかり言っていたし、働き始めたばかりの頃もこの会社では自分らしさを忘れてしまうと愚痴っていた。

今になって思うのが、どこにいたって何していたって自分は自分ということだと思う。勿論生き生きして輝いている自分が一番いいし、それが自分らしいと思いたいけれど、落ち込んでいるときも自分らしく落ち込んでいるのだと思う。明るくて順調でいられる時が自分らしいと思ってしまうのは大きな勘違いで、挫折したりこれまでにない状況に追い込まれてもそこから這い上がった時に更なる新しい自分らしさを身につけられると思う。

どんなときでも一生懸命がんばっていなければ自分の望む自分らしさは身に付かないと思う。自分らしさを考えてばかりいる時は特に自分がないんだと思う。

自分らしさを身につけたい、自分を磨き続けたいのなら一生懸命になったり、真剣ればいい。考えてばかりいないで動くことが大事だ。

2004年7月6日火曜日

乙女の反動

仕事ではスーツを着ることが多い。ほぼ毎日スーツを着て、特に大事なイベントがあるときは白シャツに黒スーツと決まっている。アクセサリーもほとんど身につけず最小限のおしゃれもしないでイベントに挑むことが多い。多い月で半分をこの黒スーツルックで固めたりする。

そういう日々を送っているとだ。反動だと思うのだが、派手でブリぶりかわいいものに目が留まるようになる。ウィンドウショッピングをしていると、黒や紺や白のものには目もくれず、ピンクや赤でフリルやリボンのついたガーリーで乙女なものについつい引き込まれてしまう。

昨日久しぶりに買い物をしたら、恐ろしく乙女なワンピースばかり試着してしまった。ピンクでAラインのタイト。前も後ろもぐりっと大きくあいて花柄で小さいフリルが付いていた。着てみて一瞬思った。あ、かわいいじゃん。お店の人も「上品でいいですよ」と言う。かなーり惑わされたあげく自分がその布に包まれて町を歩き友達とばったり出会うところを想像してみた。はっと気づいた。これじゃやりすぎだ。これは私ではない。気持ち悪いぐらい乙女だ。

そのワンピは結局買わなかったけれど、試着しただけで私の真っ黒スーツの気分は少し和らいだ。やっぱり人間って着てるものに気分を左右されるもの。黒いスーツは見た目に引き締めてくれるだけではなく、心の華やかさも奪う。ブリブリ花柄のワンピは気持ちをお花畑気分にしてくれるのだ。私はちょっと柔い少女の気持ちに帰りたくて、こんなかわいいワンピを試着しちゃっただけなんだね。で、実際買ったのもラベンダー色したなかなかカワイイ系なんだけどさ。

心の赴くまま求めるまま洋服選ぶのって面白い。自分の欲求が見えてくる。試着はタダだ。お試しあれ。

2004年7月5日月曜日

デイアフタートゥモロー

昨晩デイアフタートゥモローを観た。
災害系映画の王道を行く作品で、インディペンデンス・デイやディープ・インパクトやアルマゲドンやザ・コアなどなどとそのうち記憶が同化してしまうだろうなと思った。

災害系映画は大抵の作品が
・主人公が科学者(地政学者、気象学者、物理学者)で、初めに唱える説は周囲から批判される
・家族愛と恋愛がごちゃまぜ
・アメリカ VS 地球規模の災害や地球外生物
・自らを犠牲にして地球を救おうという英雄がいる
(アメリカが地球を救うという壮大なテーマでもある)
・英雄を救うために仲間の一人は死ぬ
・アメリカの大統領が演説する
・地球のほかの国が壊滅してもアメリカだけは生き残っている

という共通点を持っている。
世界はアメリカを中心に回っていると思っているから作れる映画なんだろう。

この手の作品に斬新さはもうない。どれも似た作品なのに次々と公開されるのが意外でもある。

バカラの水差し

バカラ水をとると、水がゆれてグラスの光が反射する。
七色にゆれる水にうっとりしてしまいます。

ベネチアングラス

ベネチアングラス
もともとは透明なお椀だったところに、内側を緑色の漆で塗り抹茶用のお椀に変身!
底は透明のままで涼を感じます。

2004年7月4日日曜日

お茶の裏世界を銀座でのぞく

今日はいろんな意味で勉強になった日だった。
大人の裏社会と言おうか、商売の仕組みと言おうか。大げさに言えば400年以上茶道の伝統が続く仕組みの根底を見た。

私は茶道を学んでいる。時間の許す限り毎週土曜日のお稽古に通っているが、ここ2ヶ月は仕事がハードで一日も行けなかった。先週出張ピークを終えてほっと一息。そんなとき、タイミング良く舞い込んだお話がお茶会のお誘いだ。お誘いと言っても、こちらが振る舞う方で飲みに行く方ではない。しかも漆の展覧会を見に来た人に横でお茶を点てて振る舞うと言う。会場は銀座。「展覧会の横でお茶を点てる」、そんな経験ないけれど、面白そう!ということで楽しみにしていました、今日という日を。

会場に着くなり何かが違うと思った。展覧会と聞いていたのだが、銀座の老舗の漆屋さんの店内にお茶道具がずらっと並んでいる。しかも○十万はするような品ばかり。その奥にひっそりお茶をサービスできるコーナーがあった。全て準備済み。あとは点てるだけのお膳立てまでしてあった。お茶菓子は金沢から取り寄せ、茶碗はベネチアングラスの内側を漆塗りで手が込んでいる。水指しはバカラのグラス。洒落た道具が揃っていた。こんな良いお茶道具でお手前点てられるなんて、嬉しい!!一緒にいた仲間も皆そう思っていたはずだ。

ところが、お店が開いても誰も来る気配がない。振る舞う相手がいない一同は店内をうろつき始めた。
「こんないい道具見られる機会はないわよ。目にご馳走よ。」なんて先生は言うし。すると気がついた。お店の人にソフトにお棗を薦められていた。いくばくか割引もできるとか、若いうちだからこそ買っておくといいよとか、しまいにはお勤めされていれば月々のローンも楽ですと言われていた。

ここで気がついた。お客様が来たらお茶をもてなすのではなく、私たちがお店にとってのお客様だったのだ。お客様が見えるまでは自分たちでお茶を点てて飲んでいたが、お客様である私たちを私たち自らもてなしていたのだ。

お昼以降はエスカレートした。お弁当はお店が用意してくれていると聞いていたら、お弁当どころかお昼の懐石料理店に連れて行かれた。たっぷりおいしいご飯をご馳走になり満腹笑顔でお店に戻るが、やはりお客様は来ない。いよいよお客様である私たちは営業トークの射撃に合う。年配の方から順に。私みたいなひよっこには連射はないが、残り玉ぐらい打ち込まれる。数万円ぐらいの品をすすめられた。

午後2時30分。
この射撃が終了したのは、先生がお棗購入を決めた瞬間だった。もちろん○十万円もする品だ。そしてお客様は誰も来ず、お茶を振る舞う相手もいなくその日の展覧会は終了した。

帰り道、私たちはどこか複雑な気持ちを抱えていた。世間知らずのせいでもあろうが、やっぱりお茶を振る舞うことができると思って参加した今日一日は、すっかり売り込みの的にされうんざりして鈍い気持ちになっていた。ビジネスの一つのカタチと言えばそうだけれど、私たちは趣味の一つとして参加していたから・・・

今日のようなカタチでお茶道具は売れ、道具の文化は廃れることなく続いてきたのであろう。そう思うとお道具を買えない自分にもジレンマを感じたし、そういうふうにしか残っていけない文化というのにもジレンマだった。

趣味の程度で始めた。お道具を見るのも楽しいし、良いお道具で目が肥えていくのも自分として嬉しい。お茶を愛してくる過程がそこにはある。物事深く知り始めれば良い面もあって悪い面もある。両方をよく知った上で好きと言えるものが好きなんだろう。そう思った。

2004年7月3日土曜日

くたばってしめいとフランス人

私の友達にサンパなフランス人がいる。
日本に来て8年目。
日本語は流暢という域を超えて、普通の日本人より尊敬語や謙譲語がきっちり話せるし、しかも福岡弁も流暢な面白くて頭のいい人だ。

知り合ってもう半年以上経つのだが、
今日初めて日本に来たきっかけを詳しく聞いた。
「留学生として来日したとね。言語が好きで。」

ふーん、で、何を勉強したの?
「二葉亭四迷の論文を書いたねー」

え???二葉亭四迷?
そう、あの「くたばってしめい」であり、浮雲であり、言文一致運動の二葉亭四迷だ。
フランス人のくせに二葉亭四迷に手を出すとは。
スゴイ・・・・。

ちなみに一緒にいた日本人は人の名前だと理解するまでに数分要した。それはちょっとヒドイ。

日本でフランス人の人と知り合って話すとクロサワ、ミシマ、オヅ、カワバタなどなど日本映画や文学の大御所をよく知っている。
もちろん、日本に滞在にしているぐらいだから日本好きで日本に詳しいのは当たり前と言ってしまえばそれまでだが、在日する外国人の中でもフランス人はずば抜けていると思う。

私の友達の話に戻れば翻訳書ではなく原文で読んでいるから更にずば抜けている。

「云ふ」ってなんやー
とか思ったそうだ。
「このいぬハくろデ、よくほえマス。」
となぜだか登場してくるカタカナにも苦労したとか。日本人でも原文はハードル高いよね。

そんな彼の苦労話を聞いているうちに、
私も日本人として近代文学を読んでみようかなっと
触発された。

二葉亭四迷についてフランス人と盛り上がる。
違う視点があって面白そう!

よし、浮雲から始めよう。

2004年7月2日金曜日

家族のかたち

今朝、ニュースで保坂尚輝の離婚会見を見た。
記者があおっているのか常にけんか腰のトークに見えた。それで保坂尚輝の不幸せ度が高まって見えた。

保坂さんが繰り返し述べていて、記者が納得していなかったのが
「2人は離婚した今も同居していて、何も変わらない」という事実。

同居しているし今でも家族と言い張るなら離婚する必要はないじゃないかーと言いたげな記者と番組のコメンテーター達。

見ていて思ったのは日本もフランスみたいになっていくのかなってことだった。

フランスでは半数近くの夫婦が離婚する上、離婚しても週末は一緒に過ごしたりしている家族が多い。
結婚なんて無意味だからといって籍を入れないカップルも多い。しかも籍を入れていないカップルの子供も法律上認められている。

欧米のスタイルが進んでいると言い立てるのは私はあまり好きじゃない。彼らのやり方に合っているだけであって日本人に合うとは別の話だと思う。

とはいえ、方向が欧米に向かうことが多い。
私は意外と保守的で離婚とか週末婚とか離れ離れの家族が増加するのには反対。
うちの母は意外と自由で、ま、それも時代の流れよね、なんていう。

これも時代の流れなのでしょうか。

2004年7月1日木曜日

「のみにけーしょん」

ちょっと昔に「のみにけーしょん」って言葉が流行っていたかと思う。お酒が入ると饒舌になって普段よりコミュニケーションがやりやすくなる。
飲みながらのコミュニケーションってことで「のみにけーしょん」。

ブームに乗じてか
「自社ビルの最上階はバーで、残業の合間に同僚と勢いづけにちょこっと一杯やる。会社の経費だからお財布を気にせずに。」
なんてベンチャー企業があるというのを聞いた。
私はそういう洒落た会社には弱いが、お酒にも弱い。羨ましいような、そうでないような気分で聞いていた。

それで、「のみにけーしょん」ってどんなもんよ?と思っていたのだが、私の現在勤める会社ではバリバリののみにけーしょん活動が盛んな会社ということが入社3ヶ月目にして明らかになる。
というか噂ではずーっと聞いていたんだけども。

そして私にも「のみにけーしょん」の良さを実感する日がついにやってきた!!

昨晩は一人女性が辞めるということで送別会。
送別会だからなのかいつもなのか、のむのむのむ。
イッキやりまくりだ。

ま、いかにのむかはさておき、のみにけーしょんの醍醐味を味わえたのは普段話さない人とおしゃべりできたこと。

部署が違うと、半径10M以内で働いているだろう人々とは、いつも「おはよう」と「お疲れ様」の挨拶ばかりだった。

「のみにけーしょん」効果があってか、楽しいおしゃべりにもまれ、新たな一面を発見できる人も。

「のみにけーしょん」って面白い。
数ヶ月後、私がただの飲んべえになっていないといいのだけれど。

2004年6月29日火曜日

退屈な地下鉄を抜け出し

私はいきなりですが、歩き始めた。
会社から自宅までの帰り道を歩き始めた。
うん、それはエクササイズのつもりで始めたんだけれども、道の面白さを再発見した。
例えば帰り道、大通りを通らないで西麻布の民家をくねくねと通り抜けてみる。
青山から西麻布のあたりはお洒落なイメージばっかりあるけれど、小さーい路地があって面白い。
車も通れないような細い道の突き当たりにアパートやお家が密集していて、昔ながらの雰囲気も残っている。通りはファッションで着飾った人ばかりでなくて、おばあちゃんや赤ちゃんを連れたお母さん、犬の散歩をする人。普通の住宅街みたいな光景なんだ。
そしてもう一つのたまらない行為はお気に入りの家を発掘すること。オレンジの壁が斬新なお家や古い木造建築のお家などなど、個性的なお家にも出会えます。この家にはどんな人が住んでいるんだろーなんて考えながら、歩き続ける。
退屈な地下鉄を抜け出し、ちょっと刺激的でしょ。

2004年1月19日月曜日

『ハウルの動く城』

待望の宮崎駿の作品『ハウルの動く城』。お正月早々には公開後最速で1000万人の動員を突破し、新日本記録を樹立した。「面白かった」という声は巷であまり聞かなかったので、この新記録にはびっくりした。

これはたぶん、公開スクリーン数が日本映画史上最多であったことが要員の一つ。シネコン流行で地方にも映画館が増え、映画館に足を運ぶ人の数が増えているからではないかと思う。

『千と千尋の神隠し』が公開された当時、私は映画館で働いていた。ものすごい人気で、映画館のキャパを超える観客が押し寄せた。それらの観客をさばくのに馬車馬のように働いた。お客さんのことを「さばく」と言ってはいけない。だけどもうさばくがごとく働かなければ、全てが回らない。そう言ってマネージャー陣とサービスの低下を恐れながらも、機械的な笑顔を振りまき猛烈に映画館を回していくことを決意した。

最速で1000万人の動員と聞いて、さぞかし映画館はてんやわんやしているだろうと思い、『千尋』を乗り越え今も映画館に勤務している友人に電話してみた。すると意外なお返事が。

「ハウルは思ったよりおとなしいねぇ。上映中の作品の中で一番動員は多いけど、千尋と比べれば全然混雑していない。感動したって言葉もあまり聞かないしね」と少し物足りなげ。

実際、先週観てみたのだが、驚きと新鮮味がおとなしく心の響き具合が少なかったと思う。最速で1000万人の動員から、千尋の2350万人動員を超えるかどうかはこれから試されるところ。

2004年1月15日木曜日

伊豆の吉奈温泉

伊豆の吉奈温泉に行ってきました。修善寺からバスでさらに20分という奥地だけあってしっとり静かで落ち着く温泉。

宿泊した御宿さか屋は主人の中学生時代のルームメイトさんのご実家。そんなご縁に導かれ、念願の宿泊を果たしたのであります。

開業400年という歴史あるこの旅館はその歴史の長さの分だけ趣を備えつつ、建物もそこそこな古さです。しかし、その古さをカバーすべく温泉が最高!ゆっくり入れるようにとぬるめに設定されていて、じっくり入れる。しかも夜は満天の星空で、じーっと眺めていたらお風呂からなかなか離れることもできないぐらい。

そしてそして料理も大満足。さくらエビが絶品の創作懐石に舌鼓を打ちながら、さか屋のオリジナル地酒がすすむすすむ。私って日本酒苦手なはずなのに…。おいしいお酒はぐいぐいいけるということが発覚致しました。それもそのはず、さか屋はその名の通り旅館になる前はつくり酒屋だったそう。

岡本太郎が長期滞在したとかで、館内は岡本太郎アートがいっぱい飾られていた。いたるところに太郎太郎。太郎さんがデザインしたという太郎風呂まであって、旅館は古いのだけど、なぜだか斬新さを加えていた。

吉奈温泉。周囲に何もなく、まさに温泉に入るぐらいしかすることがないという贅沢な休養。体の芯まであったまるのでした。